春爛漫の美しい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか?
私は、3月4月と、奈良は吉野の神社に訪れました。
どの神社も、来るべきタイミングが来ないとたどり着けない、呼ばれた人でないと行けないとか、そんな噂があるところばかりのようですが、天候にも恵まれ、無事、参詣できました。
行けばそんな噂も少し納得、確かに、他の神社とはちょっと趣が違うというか、どこか現生離れしているというか、どちらの主祭神も、天地開闢の際の神様だったり、龍神様だったりするからなのか、独特の空気感が漂うところばかりでした。
どの神社も、早朝に参りましたので、人も私以外いませんでしたので、独り、静かな時間を過ごすことができました。
私は、3月4月と、奈良は吉野の神社に訪れました。
どの神社も、来るべきタイミングが来ないとたどり着けない、呼ばれた人でないと行けないとか、そんな噂があるところばかりのようですが、天候にも恵まれ、無事、参詣できました。
行けばそんな噂も少し納得、確かに、他の神社とはちょっと趣が違うというか、どこか現生離れしているというか、どちらの主祭神も、天地開闢の際の神様だったり、龍神様だったりするからなのか、独特の空気感が漂うところばかりでした。
どの神社も、早朝に参りましたので、人も私以外いませんでしたので、独り、静かな時間を過ごすことができました。
天河大辨財天社3.12
以下はwebサイトより引用
日本三大弁財天の一つに数えられ、古来より聖地として多くの聖人やアーティストを魅了してきた奈良県吉野郡にある神社
祭神:
●市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
※辨財天様としても信仰されております。
●熊野坐大神
●吉野坐大神
●南朝四代天皇の御霊
●神代天之御中主神より百柱の神
辨財天は、川の流れの妙なる様を神格化したとされる、古代インドのサラスヴァティー神であり、その本来の神徳は水の神、そして、水せせらぎの如く素直で妙なる弁舌や音楽の神であり、日本の古代より行われてきた水神の信仰とも結びついています。 後に転じて「財を弁ずる」商売の神としても信仰されるようになりました。
日本三大弁財天の一つに数えられ、古来より聖地として多くの聖人やアーティストを魅了してきた奈良県吉野郡にある神社
祭神:
●市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
※辨財天様としても信仰されております。
●熊野坐大神
●吉野坐大神
●南朝四代天皇の御霊
●神代天之御中主神より百柱の神
辨財天は、川の流れの妙なる様を神格化したとされる、古代インドのサラスヴァティー神であり、その本来の神徳は水の神、そして、水せせらぎの如く素直で妙なる弁舌や音楽の神であり、日本の古代より行われてきた水神の信仰とも結びついています。 後に転じて「財を弁ずる」商売の神としても信仰されるようになりました。
こちらは、3月12日に参りました。
とにかく、空気が澄んでいて、清々しかったです。朝は氷点下、道は少し雪が残っていました。
四年ほど前に、八経ヶ岳の頂上にある奥院に参ったことがあるのですが、こちらははじめてでした。
とにかく、空気が澄んでいて、清々しかったです。朝は氷点下、道は少し雪が残っていました。
四年ほど前に、八経ヶ岳の頂上にある奥院に参ったことがあるのですが、こちらははじめてでした。
玉置神社→宝冠の森4.3 4.14
こちらもWebサイトより抜粋引用
祭神:
国之常立神
伊弉諾尊
伊弉冊尊
天照大神
神日本磐余彦命
玉置山の頂上近く、標高1000m付近に鎮座する玉置神社は、第十代崇神天皇の時代に王城火防鎮護と悪神退散のため、 創建されたと伝えられています。また、古代、神武東征以前から熊野磐座信仰の一つとして崇められてきた玉石は、 玉置神社本殿と玉置山頂上中程に鎮座します。社殿がなくご神体の玉石に礼拝する古代の信仰様式を残しています。玉置神社の基となったのが、この玉石社と伝えられ、玉石に宝珠や神宝を 鎮めて祈願したと伝わっています。大峯修験道では、玉石社を聖地と崇め、本殿に先んじて礼拝するのが習わしと なっています。
祭神:
国之常立神
伊弉諾尊
伊弉冊尊
天照大神
神日本磐余彦命
玉置山の頂上近く、標高1000m付近に鎮座する玉置神社は、第十代崇神天皇の時代に王城火防鎮護と悪神退散のため、 創建されたと伝えられています。また、古代、神武東征以前から熊野磐座信仰の一つとして崇められてきた玉石は、 玉置神社本殿と玉置山頂上中程に鎮座します。社殿がなくご神体の玉石に礼拝する古代の信仰様式を残しています。玉置神社の基となったのが、この玉石社と伝えられ、玉石に宝珠や神宝を 鎮めて祈願したと伝わっています。大峯修験道では、玉石社を聖地と崇め、本殿に先んじて礼拝するのが習わしと なっています。
熊野三山の奥宮と云われる玉置神社ですが、昨年の3月に行ったのが初めてで、今年は、4月3日と14日に分けて訪れました。3日は本殿、三柱社、三ツ石社、及び山頂まで、宝冠の森は14日。
修験者さんの行場と言われる宝冠の森までは尾根道で、それほどアップダウンが激しいわけでもありませんが、最後の岩場は、ロッククライミングみたいなちょっとした難所です。もし行きたいという方は、鎖はありますが、一歩踏み間違えたら崖の下ですので、お気をつけください。底が分厚い登山靴や、すぐ脱げる靴などでは勝手が効きにくく足場を確保しにくいので、あまり向いていないかと思います。あと、片道50分くらいかかるので、水などの携行品はあったほうがいいかと思います。鎖場にて、両手の自由も必要ですから、リュックなどがやはり無難な気がします。
かくいう私が、実は3日の日に一度鎖場にて立往生し、引き返したんですよね。下調べも何もしてなかったので、先がどんなになっているか分かりません。
「え?ちょっと歩けば着くと思っていたのに、こんな岩場、続くの!?」
持ち物も貴重品の入ったショルダーポーチのみ、飲料もなし、通信も圏外ですし、その場で、この先どうなっているんだろうと他の人のレビューとかも参考にできないし、さすがに大嶺の修験道、さらに厳しい環境になるかもしれないな?準備不足かな?また来よう、と思ったのです。
まあ、それも玉置の神様からもう一度出直してくるように思し召しがあったのかもしれませんね。
2回目で無事到着できた宝冠の森では、快晴の中、山々を眺めながら小一時間、小鳥のさえずりと葉っぱの擦れる音、そして、山の息吹のような轟音、自然音しかない無音の環境で、坐禅三昧。
玉置神社はパワーが強いのか、それともただ車での移動が疲れただけなのか、そこんとこよくわかりませんが翌日、すごい眠気でしたね。寝たあとのスッキリ感もすごかったです。
修験者さんの行場と言われる宝冠の森までは尾根道で、それほどアップダウンが激しいわけでもありませんが、最後の岩場は、ロッククライミングみたいなちょっとした難所です。もし行きたいという方は、鎖はありますが、一歩踏み間違えたら崖の下ですので、お気をつけください。底が分厚い登山靴や、すぐ脱げる靴などでは勝手が効きにくく足場を確保しにくいので、あまり向いていないかと思います。あと、片道50分くらいかかるので、水などの携行品はあったほうがいいかと思います。鎖場にて、両手の自由も必要ですから、リュックなどがやはり無難な気がします。
かくいう私が、実は3日の日に一度鎖場にて立往生し、引き返したんですよね。下調べも何もしてなかったので、先がどんなになっているか分かりません。
「え?ちょっと歩けば着くと思っていたのに、こんな岩場、続くの!?」
持ち物も貴重品の入ったショルダーポーチのみ、飲料もなし、通信も圏外ですし、その場で、この先どうなっているんだろうと他の人のレビューとかも参考にできないし、さすがに大嶺の修験道、さらに厳しい環境になるかもしれないな?準備不足かな?また来よう、と思ったのです。
まあ、それも玉置の神様からもう一度出直してくるように思し召しがあったのかもしれませんね。
2回目で無事到着できた宝冠の森では、快晴の中、山々を眺めながら小一時間、小鳥のさえずりと葉っぱの擦れる音、そして、山の息吹のような轟音、自然音しかない無音の環境で、坐禅三昧。
玉置神社はパワーが強いのか、それともただ車での移動が疲れただけなのか、そこんとこよくわかりませんが翌日、すごい眠気でしたね。寝たあとのスッキリ感もすごかったです。
室生龍穴神社→吉祥龍穴奥院 4.19
以下、Webサイトより
祭神:高龗神・竜神・竜王
室生寺よりも古い歴史をもち、水の神「龍神」を祀る。奈良時代から平安時代にかけて朝廷からの勅使により雨乞いの神事が営まれ、室生寺は龍穴神社の神宮寺であった時代もある。当社の上流には龍神が住むと伝わる洞穴「妙吉祥龍穴」があり、古代から神聖な「磐境」とされてきた。室生では、「九穴八海」という伝説が伝えられ、九穴とは、三つの龍穴と六つの岩屋をいう。また、八海とは、五つの渕と三つの池をさしている。
祭神:高龗神・竜神・竜王
室生寺よりも古い歴史をもち、水の神「龍神」を祀る。奈良時代から平安時代にかけて朝廷からの勅使により雨乞いの神事が営まれ、室生寺は龍穴神社の神宮寺であった時代もある。当社の上流には龍神が住むと伝わる洞穴「妙吉祥龍穴」があり、古代から神聖な「磐境」とされてきた。室生では、「九穴八海」という伝説が伝えられ、九穴とは、三つの龍穴と六つの岩屋をいう。また、八海とは、五つの渕と三つの池をさしている。
こちらは、4月19日に訪れました。
こちらも、鳥居をくぐった瞬間から、滝の音しか聞こえない、なんとも言えない清々しい、神々しい空気感です。
龍神の御神体の動きに見える清流、美しいR曲線、まるでそこにスポットライトが当たっているかのように、木々の隙間から入って来る木漏れ日と川面に映り出されたひだまり、あまりの美しさに見とれてしまい、時間が経つのを忘れてしまいました。
近くにある天の岩戸と一緒にお参りさせていただきました。
こちらも、鳥居をくぐった瞬間から、滝の音しか聞こえない、なんとも言えない清々しい、神々しい空気感です。
龍神の御神体の動きに見える清流、美しいR曲線、まるでそこにスポットライトが当たっているかのように、木々の隙間から入って来る木漏れ日と川面に映り出されたひだまり、あまりの美しさに見とれてしまい、時間が経つのを忘れてしまいました。
近くにある天の岩戸と一緒にお参りさせていただきました。
急に思い立って、ここ1、2ヶ月で吉野のディープなスポットばかりお参りしました。